SSLでは近接通信、特に音を用いた「音波通信」にまつわるトピックを中心に記事を掲載していますが、このたび、運営母体である株式会社スマート・ソリューション・テクノロジー(以下、SST)の独自技術である音波通信「TrustSound(トラストサウンド)」開発の責任者でもある首席研究員 難波より、いつもよりさらに技術面に踏み込んだ音波通信についてのお話を連載企画としてご紹介していきます! そもそも音波通信とは何なのか?電波の通信とは何が違うのか?どんな技術的課題を乗り越えてきたのか?など、開発をリードしてきた本人目線でお伝えしていければと思います。
みなさま、こんにちは。スマートサウンドラボ(以下、SSL)首席研究員の難波です。
今回は、音波通信で長距離通信をする場合の問題点を解説したいと思います。
長距離と言っても1kmとかの話ではありません。音波通信の場合、通信距離を長くすると言っても10m程度のことです。でも、近接距離の数cmの通信と比べると10mは100倍以上の距離になります。そこには、ただ音を大きくすればいいという単純な話ではなく、さまざまな問題があります。
距離を伸ばすと減衰する
周囲の雑音にもよりますが、人の声も10m程度であれば、それほど大声を出さなくても聞き取ることができます。SSTでは、この10m程度を『中長距離通信』と呼んでいます。
「10mは中長距離なのか」という疑問はあるとは思いますが、あくまでも音波通信の場合という注釈付きです。
当然、大声を出せばより遠くでも聞き取れますが、音波通信をするためにいくらでも大きな音を出していいわけではありません。人に聞こえにくい周波数を利用して通信しているとはいえ、聞こえる周波数帯域を利用している以上、スピーカの近くにいる人がびっくりしない程度の音量にするべきです。
更に、人に聞こえにくい周波数、つまり20kHzに近いほうの周波数を利用していますが、音波は周波数が高いほど減衰も大きくなるという性質があり、人の声が届いているからと言って、音波通信も同様に届いているとは限りません。
また、信号が0になる距離まで通信できるわけでもありません。その前に、減衰した信号が周りの雑音に負けて通信できなくなるのが普通です。そのため、雑音に負けないように通信方法を設計すれば、通信距離を長くできます。
音波は空中を伝わってくるため、ノイズは必ずあるものとして考える必要があります。そして信号の一部がノイズに負けることを前提に設計する必要があります。また、ノイズにもいくつか種類があって、例えば短時間だけ全周波数帯域に影響するものや、長時間ある周波数のみに影響をあたえるものなどがあり、基本的には通信距離が長くなればなるほど音波は減衰してノイズの影響が大きくなるため、エラー訂正の仕組みを多く入れて対応することになります。
反射の影響を考慮する
音波通信で通信距離を長くしようとすると、反射の影響が避けられなくなってきます。
受信機に届くまで、音波はメートル単位で旅してくるため、反射した音波もメートル単位で異なる距離をやってくるということを考慮しなければなりません。
では、どの程度の距離を想定しておけばよいでしょうか。
例えば、8m前方からの音波通信を直接受信した場合と5m後方の壁からに反射した音波を受信する場合は、直接波は8m、反射波は18mの距離をやってきます。自分から壁までは片道5m、往復で10mあるので、直接届く音波と反射で届く音波には10mの距離の差があります。
このケースの場合、10mの距離の差の音波を受信しても影響を受けないような設計にする必要があります。当然、影響を受けないようにするには、信号の間隔を広くとる必要があり、その分通信速度が遅くなってしまいますが、長距離通信するためにはしかたがありません。
そして、反射の距離はどの程度を考慮しなければならないかというと、音波の出力が人のしゃべり声程度の場合、10m程度で十分だと思われます。それは音波が減衰するため、10m以上の距離の差がある音波は直接届く音波に比べて十分に小さくなっていることが期待されるからです。
音波の死角をなくす「反射波」
このように、反射波の影響を十分考慮して設計すれば、反射波が音波通信に悪さをすることはなくなります。そして実は、長距離通信は反射波を利用しなければ上手くいかないことが多いのです。
例として部屋の隅々まで音波を届かせたい時などです。音波は障害物を通過できないため、場所によって音波の死角ができてしまいます。しかも、音波は周波数が高くなればなるほど直進性が増す、つまりスピーカーから狭い範囲で真っ直ぐ飛んでいくようになり、直接届く音波だけで広い範囲を漏れなくカバーすることは難しいのです。
そのため、実際の運用では、部屋の床や天井などで反射した音波を利用して、音波の死角を無くすようにします。つまり、反射する音波が悪さをしないように設計することによって、有効に反射波を利用することが可能になります。
余計な信号は入れない
長距離で音波通信しようとする場合、ノイズの問題、反射の問題、そして場合によってはドップラー効果の問題もあり、基本的には通信速度は遅くなる一方です。
そこで、長距離音波通信の高速化の最後の手段として、データに関する信号以外は極力削除するというアプローチをとります。
通信の仕組みとして普通は同期信号を送信データとは別に送りますが、SSTではデータ送信に同期の仕組みを組み込んでいて、同期信号を送信しません。
同期信号だけを送るなんてもったいない!SSTでは貴重な音波通信の信号を1つも無駄にしないケチケチ作戦で、できるだけ送信データのみを信号に乗せるような工夫をしています。
音波通信の速度は同じでも、その信号の中身を無駄なく使うことにより、実質的に必要なデータを速く送るという工夫をしているのです。