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「音波通信」開発のエッセンス 〜音波通信の進化のいままでとこれから〜(8)使える音通信

SSLでは近接通信、特に音を用いた「音波通信」にまつわるトピックを中心に記事を掲載していますが、このたび、運営母体である株式会社スマート・ソリューション・テクノロジー(以下、SST)の独自技術である音波通信「TrustSound(トラストサウンド)」開発の責任者でもある首席研究員 難波より、いつもよりさらに技術面に踏み込んだ音波通信についてのお話を連載企画としてご紹介していきますそもそも音波通信とは何なのか?電波の通信とは何が違うのか?どんな技術的課題を乗り越えてきたのか?など、開発をリードしてきた本人目線でお伝えしていければと思います。

音波通信の話も最終回となりましたが、この連載を始めた頃からまだ1年も経っていないのに、さまざまな新しい要求が私のところに届いています。これに対応するためには、新たな課題が山積みであり、検討が必要なことが多いことを実感しています。そのため、今後も音波通信の進化について解説することが必要となってくるでしょう。

そこで、最終回では、音波通信が周囲の要求や環境に合わせてどのように進化してきたのか、そして今後の進化について解説したいと思います。

音波通信はどのように進化してきたのか


音波通信は昔から使われている技術なので、古く枯れた技術というイメージを持っている人も少なくないと思います。正直、この音波通信の開発を始める前の私もそう思っていました。しかし、通信をとりまく環境がどんどん変わっていくのにあわせて、音波通信も次々と進化を要求されてきました。

音波に限らず通信に共通して、より速く、より正確に、より遠くにという要求は常にあります。その要求に対して、音波でどのように実現していくのかが課題であり、その課題を解決するために、音波の物理現象をよく理解して、その物理現象に関わる問題をひとつひとつ解決することにより前進してきました。

しかし、この音波の物理現象は、ずっと昔から変わっていません。音速も減衰も反射も、ずっと前から同じです。最近になって新たな発見があったわけでもありません。ではなぜ、音波通信は進化を続けているのか。20年前にはできなかったことが、今はできるようになっているのか。それには、今までの説明にはなかった、開発当初から変化し続けている一つのファクターが大きく関わっています。

そのファクターとは、スマートフォンの処理能力です。音波通信の品質は、受信側の処理に大きく依存します。送信側は音を出すだけなので、それほど難しい処理ではありません。しかし、受信側は、ノイズの影響などを考慮してエラー訂正などを行い、データを正しく復号しなければなりません。

この処理は、かなり複雑で多くの計算が必要です。基本的には、この計算を頑張れば頑張るほど受信の精度が良くなり、うるさい環境における通信の成功確率が上がります。成功率が上がれば、通信速度も更に上げることができます。

しかし、成功率を上げるために、無制限に計算していいわけではありません。それは、リアルタイム処理が必要であること。そして、スマートフォンのCPU100%使ってはいけないという制限があるからです。

受信側は、音波通信のデータがいつ届くのかわからないので、データは溜めずに常にリアルタイムで処理する必要があります。そのため、リアルタイムで処理ができるような計算量に抑える必要があります。更に、スマートフォンは音波の受信中も、画面の操作などをする必要があるので、CPUの使用率に余力を残しておく必要があります。開発当初は、処理能力が非力なスマートフォンが多かったので、少し計算量を増やすと、すぐにCPU使用率が50%を超えてしまうという状況でした。そうならないように、つまりリアルタイムで処理しつつもCPUの使用率が50%を超えないように、設計段階から通信速度を下げるなどして、計算量を減らす必要がありました。

しかし、スマートフォンの処理能力は、ものすごい勢いで向上してきたため、処理能力の制限で諦めていた計算が可能になり、品質を上げて通信速度も速くすることができるようになりました。つまり、スマートフォンの処理速度の向上とともに、音波通信も進化を続け、様々な用途に利用できるようになってきたのです。

今では、やりたい計算をすべて実行させても、スマートフォンのCPUの使用率は数%にしかならず、それに伴い電池の消費量もほとんど無視できるほどになっています。

音波通信のこれから


音波通信は10年以上にわたる開発の末、当初考えていた以上に実用的な通信に進化し、一般的な通信手段として認知されるようになりました。

最近は、さらに多様な用途での利用が期待され、音波通信端末同士での送受信や、一般的な機器での使用など、様々な要望が出てきています。

これに応えるため、現在はスマートフォンの処理能力を前提としない、新たな計算方法や通信プロトコルの開発を行なっています。また、より広い周波数帯域の使用や、スピーカだけでなくブザーからの出力なども考慮する必要があるでしょう。

その結果、音波通信は今後、ますます一般的で身近な存在となっていくことが予想されます。音波通信は、古い技術としてではなく、独自の特徴を持った新しい通信手段として位置づけられ、今後ますます普及していくでしょう。そしてその時には、今回話せなかった、新しい開発の話をしたいと思います。

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Smart Sound Lab
(スマートサウンドラボ)

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