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「音波通信」開発のエッセンス 〜普及までのうらばなし〜(5)高速通信を目指して

SSLでは近接通信、特に音を用いた「音波通信」にまつわるトピックを中心に記事を掲載していますが、このたび、運営母体である株式会社スマート・ソリューション・テクノロジー(以下、SST)の独自技術である音波通信「TrustSound(トラストサウンド)」開発の責任者でもある首席研究員 難波より、いつもよりさらに技術面に踏み込んだ音波通信についてのお話を連載企画としてご紹介していきます! そもそも音波通信とは何なのか?電波の通信とは何が違うのか?どんな技術的課題を乗り越えてきたのか?など、開発をリードしてきた本人目線でお伝えしていければと思います。

みなさまこんにちは、スマートサウンドラボ(以下、SSL)首席研究員の難波です。

音波通信を現場で活用するにあたって「通信速度を速くしてほしい」という要求がとても多いです。当然開発段階でも通信速度を上げることが目標の一つになります。今回は、音波通信の高速通信をテーマにお届けしたいと思います。

通信速度VS耳障りな音というジレンマ

通信速度を上げるには次の2つを頑張る必要があります。

・通信周波数帯域を広くする
・ノイズを少なくする。

まずは一つ目の「通信周波数帯域を広くする」について詳しく解説していきましょう。

音波通信で使用できる周波数帯域は、スマートフォンを受信機として使用することを前提に考えた時、スマートフォンのマイクの特性上、人が聞こえる周波数帯域にしなければいけないことは、以前にも述べました。具体的には、20Hz〜20kHzの狭い周波数帯域になります。

更にこの周波数帯域の音は人の耳に聞こえてしまうという問題があります。人が聞こえる周波数帯域を使っているので、あまりにも当たり前のことを言っているのですが、このことが高速化にとってはとてもやっかいな問題です。なぜなら、この周波数帯域で出来るだけ高速に通信しようとすると、「ピー」とか「ガー」とか「ジー」といったあまり心地よくない音が聞こえてしまいます。

そのためSSTでは、17kHz以下の周波数は使わず、17kHz~20kHzの帯域のみを使用して音波通信を行います。この帯域は、とても聞こえにくい周波数なので、全く聞こえないか聞こえても非常に小さく聞こえます。

つまり、人の耳の邪魔にならないようにするためには17kHz〜20kHzという非常に狭い周波数帯域しか使えず、通信速度の高速化が更に難しくなってしまいます。

スピーカーだって万能じゃない!

少し余談になりますが、SSTでは17kHz〜20kHzの帯域を使用する音波通信の他に、2kHz~8kHzを使用する音波通信も開発してきました。

この周波数帯域で通信すると「ジー」という音が聞こえます。なぜ、わざわざ「ジー」という音を出しながら通信しているのかというと、音波通信を出力する製品の都合です。マイクで受信できない周波数があるのと同様に、スピーカーも全ての周波数を出力できるわけではありません。

音波通信を最初に導入することになった『PitTouchシリーズ』は元々NFC端末であり、それらに搭載されていたスピーカーは人の声などの周波数帯域を再生することが目的でした。そのため目的外の17kHz以上の音を出力する必要がないため、出力出来なかったのです。このような理由により、止むに止まれず2kHz~8kHzの周波数帯域を採用したというのが正直なところです。

もう少しだけ説明すると、このスピーカーは12kHzくらいまでは問題なく出力できるのですが、8kHzを超えた周波数を使用すると心地良くない音を通り越して、不快な音になってしまいます。そのため、ぎりぎり不快にならない周波数として8kHz以下が選択されました。

それでも不快と感じる方はいるのかもしれませんが、もう10年以上もこの「ジー」という音を聞いている私は、もう慣れてしまったのか、この音に心地良ささえ感じます(笑)。人間の適応能力は素晴らしいですね。

雑音を少なくする意外な方法

通信速度を上げるもう一つの要素として「雑音を少なくする」というアプローチがあります。

雑音が多いと受信する信号のいくつかが読み取れなくなります。例えば雑音のせいで1つだけ信号が読み取れずに通信が失敗してしまっては全く実用に耐えられません。そうならないように、エラー訂正符号も一緒に送ります。雑音が多ければ多いほど、エラー訂正符号もたくさん送信しなければならないため、通信速度はどんどん遅くなります。もし、雑音が無くて、全てのデータを1つのエラーもなしに受信できる環境であれば、エラー訂正符号も送る必要はないので、最大の通信スピードを出すことができます。

では、雑音を少なくするためにはどうすればいいでしょうか。

それは通信する時にまわりのみんなに静かにしてもらう!・・・ではなく、受信する信号の音量を大きくすればいいのです。ここであえて「受信する信号」と書いたのは「出力ではない」ということを強調したかったからです。では受信する音量を大きくするとはどういうことか。それは、できるだけ近距離で受信するということです。

渋谷のスクランブル交差点で、交差点の向こう側にいる人と会話するのは非常に困難ですが、隣の人とは簡単に会話できます。それは近くだと声が大きくきこえ、相対的に周りの雑音は小さくなります。音波は減衰が大きいため、距離による音量の違いはとても大きいものになります。

「高速通信するために、できるだけ近づいて下さい」と言っているわけではありません。

例えば音波通信をNFCのような近接通信と同じ用途で使用する場合は、音源から数cmの距離で受信するので音波通信は高速に設計しても問題ありません。
また、ビーコンのように10m程度はなれた音を受信する必要がある場合は、周辺の雑音に負けずに確実に受信できるように速度を落とした音波通信を設計します。

なぜ通信周波数帯域を広くすると通信速度を速くできるのか

話を少し戻します。

そもそも周波数帯域と通信速度にはどんな関係があるのでしょうか。以前、周波数帯域を広くするということは、信号の通り道を広くすることだと説明しました。もう少し具体的に説明すると17kHz〜20kHzの周波数帯域に、17kHz、18kHz、19kHz、20kHzの4つの周波数を使って信号を流すと、一つの周波数だけ使用してデータを送信する場合にくらべて4倍の量を送信できます。

この周波数をもう少し細かく刻んで、17kHz、17.5kHz、18kHz、・・・、20kHzとすると7つの周波数が使用できます。この刻み幅をどんどん小さくしていくと、17kHz~20kHzの中で使用できる周波数が増えていきます。

そうすると、使用できる周波数の数だけ、信号を並行して送ることができるようになるため通信速度は速くできます。ただし、あまり細かく刻み過ぎると、受信側でそれぞれの周波数を分離して処理するのが難しくなってきます。

さらに、ドップラー効果の問題があります。ドップラー効果により周波数が変化することを考慮しなければならず、無限に周波数を細かく刻むことはできません。特に音波の場合、音速が遅いためドップラー効果による影響が大きく、止まった状態で通信するのか、動きながら通信するのかにより、安定した通信に必要な周波数の刻み幅が違ってきます。

つまり、通信用途によって最低限必要な周波数の刻み幅が決まり、ある周波数帯域に使える周波数が何本とれるかも決まります。そして、使える周波数帯域が広いほど、使用可能な周波数が増え、通信速度にとって有利になります。

複数の通信方法を組み合わせて使う

音波は電波に比べていろいろな制約があり、基本的には通信速度が遅くなる要因しかありません。そのため、周波数を有効に使うためSSTでは複数の通信方式を組み合わせて使う工夫をしています。

無線通信ではよく利用されている位相変調方式という効率の良い通信方式は、音波通信でも利用可能なのですが、これも音波の速度が遅いため、通信中は送信機と受信機の距離を変えてはいけない(動かしてはいけない)という制約が必要となってしまいます。

つまり、通信方法の組み合わせに関しても、音波通信の利用シーンにより最適な組み合わせを選択する必要があります。例えば歩きながら受信する必要がある場合は、位相変調方式は使用しないで設計するなどの工夫が必要なのです。

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Smart Sound Lab
(スマートサウンドラボ)

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所長:安田 寛 Hiroshi Yasuda

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