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「音波通信」開発のエッセンス 〜普及までのうらばなし〜(1)音波通信とは何か

SSLでは近接通信、特に音を用いた「音波通信」にまつわるトピックを中心に記事を掲載していますが、このたび、運営母体である株式会社スマート・ソリューション・テクノロジ ー(SST)の独自技術である音波通信「TrustSound(トラストサウンド)」開発の責任者でもある首席研究員 難波より、いつもよりさらに技術面に踏み込んだ音波通信についてのお話を連載企画としてご紹介していきます! そもそも音波通信とは何なのか?電波の通信とは何が違うのか?どんな技術的課題を乗り越えてきたのか?など、開発をリードしてきた本人目線でお伝えしていければと思います。お楽しみに!

みなさまこんにちは、スマートサウンドラボ(以下、SSL)首席研究員の難波です。SSTでは10年以上にわたり音波通信の研究とその応用製品の開発を行なってきました。その中で、実際の現場で音波通信を使うためには数々の課題を解決しなければいけないことがわかりました。開発を始めた頃は、電波の代わりに音波で信号を送るだけと簡単に考えていましたが、事は単純ではありませんでした。たかが音波通信、されど音波通信です。

今回から全8回にわたり、実際の現場で使える音波通信について、グラフや数学を使わずに、できるだけ簡単に解説していきたいと思います。

iPhoneの日本上陸から始まった音波通信開発

そもそもSSTが音波通信を始めたきっかけは、近接無線通信(NFC)の代わりのものを考える必要があったためです。それは2008年に日本に上陸したiPhoneのせい?ではなく、おかげでした。

当時、日本で発売されるほとんどの携帯電話にはおサイフケータイと呼ばれるNFCの機能が搭載されていましたが、iPhoneにはNFCがありませんでした。みなさんもご存知の通り、iPhoneは瞬く間に大人気機種となったため、NFC端末(PitTouchシリーズ)を開発しているSSTとしては、無視できない状況となり、どちらかというと止むに止まれぬ事情からNFCの代わりとしての音波通信の開発が始まりました。

そのため、開発部隊は音波通信専用の機器を前提にしたものではなく、むしろ「音波通信のことなど何も考慮されていない端末で音波通信をする」という難題から始まることになりました。

そんな感じで、いきなり現場に放り出された音波通信それゆえ発生する数々の問題に叩きのめされながら、音波通信は実験室ではなく「現場で使える」骨太なものに成長してきました。

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音波通信とは何か

まず音波通信を一言で説明すると、音波を利用した通信のことです。さらに、音波とは何かを説明すると、狭い意味では、人間が聞くことができる周波数で空中を伝わる波のこと、広い意味では、気体、液体、固体問わずに物体を伝わる波のことです。さらに超低周波音や超音波も含みます。

SSTの音波通信は、前者の音波、つまり人間が聞くことができる周波数で空中を伝わる波を使用しています。もちろん定義にあわせて音波を使用しているわけではなく、もろもろの理由により、現状は狭い意味の音波を使っているのですが、そのもろもろは後々説明していきます。

ちなみに、広い意味の音波については専門外なのであまり詳しい話はできませんが、水中では魚群探知機のような計測への応用が普及しています。また、水中での音波通信についても研究や実用化が進んでいるようです。固体についても計測への応用は普及していて、超音波腹部エコーのような医療機器は皆さんもご存知だと思います。固体の音波通信は...、糸電話...、すみません。あまりいい例ではないかもしれませんが、糸を伝わる音波で通信しています。

念のため触れておきますが、音波を伝える物体がない空間では、音波通信は使えません。例えば、宇宙空間では、どんなに至近距離であっても音波が伝わらないので、音波通信はできません。

課題山積だった音波通信が、今、注目されているワケ

音波を利用した通信は、特に最近の技術というわけではなく、昔からある技術です。それがなぜ今、音波通信が注目されているのでしょうか。

最も大きい要因は、スマートフォンの普及にあると考えています。スマートフォンにはもれなくマイクとスピーカーが付いています。これはスマートフォンが「フォン」、つまり電話だからという当たり前のことです。それ故に、他の機器を追加することなく、ただアプリをインストールするだけで音波通信が可能になります。これは、街を歩いている人のほとんどが、音波通信の送受信機を持っているのと、ほぼイコールということです。

さらに音を聞くだけで受信完了という手軽さ。Wi FiBluetoothなどは、上手く接続できなかったり、接続するまでに手間がかかったりと、意外と面倒な事が多いのですが、音波通信なら音を出すだけ、音を聞くだけの、とっても簡単な通信であることもその理由の一つです。

それでは全てのケースにおいて、音波通信万歳、音波通信ブラボーなのかというと、決してそうではありません。通信速度が遅い、遠くまで届かない、壁を通過できない、など色々な問題があり、どちらかというと問題山積みの通信方法です。

しかし、音波通信が壁を通過できないことは、逆に長所でもあります。例えば、電車の中で今乗っている車両を特定したり、教室内での出席確認に使ったり、お店の中にいる人だけにサービスを提供するなど、閉鎖された空間の中にいることを特定するのに使えます。これは、壁を通過してしまう無線通信では難しいことが、音波通信では簡単に実現できる一つの例です。

また、医療現場などの電波を使えない場所や、無線機器が多すぎて無線の混信で困っている工場など、電波以外で通信したいという要求に対しても音波通信であれば対応可能です。

つながる事が当たり前の今だからこそ、無線通信だけではカバーしきれないことも多くなっています。このような社会の要求に対して、音波通信は一つの選択肢として、注目度を増してきているのです。

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Smart Sound Lab
(スマートサウンドラボ)

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所長:安田 寛 Hiroshi Yasuda

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