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「音波通信」開発のエッセンス 〜普及までのうらばなし〜(2)音波と電波

SSLでは近接通信、特に音を用いた「音波通信」にまつわるトピックを中心に記事を掲載 していますが、このたび、運営母体である株式会社スマート・ソリューション・テクノロジ ー(SST)の独自技術である音波通信「TrustSound(トラストサウンド)」開発の責任者でもある首席研究員 難波より、いつもよりさらに技術面に踏み込んだ音波通信についてのお話 を連載企画としてご紹介していきます! そもそも音波通信とは何なのか?電波の通信とは何 が違うのか?どんな技術的課題を乗り越えてきたのか?など、開発をリードしてきた本人目 線でお伝えしていければと思います。お楽しみに!

こんにちは難波です。前回は、音波通信が無線通信とは異なる場面で使われていることに触れましたが、今回は具体的に、音波通信と無線通信の違いを解説したいと思います。

音波通信は新しい通信方法・・・ではない⁈

音波通信を紹介すると、驚かれることが多々あります。

よく聞かれるのが、

「本当に音で通信できるのか?」
「どのように通信するのか」

といった質問です。

何か新しい技術を期待しているか、逆に半分疑いの目で見られるかのどちらかで、最初から音波通信を当たり前に受け止めてくれる人はなかなかいません。

それだけまだまだ認知度の低い音波通信なのですが、やっていることは無線通信と同じです。音波も波、電波も波だからです。どちらも波の性質を利用して通信しています。通信方式や信号処理の方法も、電波で使っているものを、そのまま音波通信でも使えます。電波で起きる問題はそのまま音波でも発生し、その解決方法も大体のものはそのまま使えます。
つまり、音波通信は特別な通信ではなく、先達が長年に渡り築き上げてきた信号処理の技術をそのまま使って通信しているのです。特に新しくはないのですが、逆に言えば十分に信頼性のある通信とも言えます。

音波通信に関する本は書店では多分見つけることはできませんが、無線通信に関するものや信号処理の本は普通に並んでいますので、興味のある方は、その本を開いていただければ、音波通信で利用している技術の事をより詳しく知ることができると思います。

音波と電波の決定的な違い

同じ波と言ってきましたが、音波と電波では性質に違いがあります。その違いにより音波通信と無線通信にはそれぞれ長所と短所が存在し、利用シーンも異なります。そして利用シーンに合わせて通信方法のカスタマイズが必要となります。このカスタマイズこそが、音波通信を実際の現場で使えるものにしていると言っていいでしょう。
その音波通信のカスタマイズを説明する前に、まずは利用シーンに影響を与える音波と電波の性質の違いを具体的に見ていきたいと思います。

音波の特性その1 振動するものが必要

真空でも伝わる電波と違い、音波は物体を振動させて進みます。そして進めば進むほどエネルギーを使ってどんどん弱っていきます。つまり、音波は電波に比べてとても減衰するということです。
同じ理由により、壁の通過が難しいという問題があります。例えば、壁の向こうに音を届けるには、スピーカーが空気を振動させて、その空気が壁を振動させて、さらにその壁が反対側の空気を振動させる必要があるので、音波の減衰はより一層大きくなります。
しかし、この減衰は音波通信の大きな長所にもなります。遠くまで届かないことは、音量を調整することにより、通信範囲をコントロールできるということでもありますし、壁を通過しないことは、部屋の中だけに閉じた通信を容易に実現できるということになります。
通信範囲を限定したい場合など、電波では「飛びすぎてしまう」ため、必要以上に届かない音波通信の出番となるのです。

音波の特性その2 とにかく遅すぎる

次に、音波は進む速さが電波と比べてとても遅いという問題ついて考えたいと思います。
音波の速度、つまり音速は秒速340m程度です。言い換えるとマッハ1です。とっても速そうに聞こえますが、電波が進む速さは光速なので秒速30万km程度です。つまり音波の速度は電波の約90万分の1です。このように音波は電波に比べて桁違いに遅いのです。

念のため断っておきますが、これは通信速度の事を言っているわけではありません。一般的に通信速度は一秒間にどれだけのデータ量を送れるかを表すものであり、今話題にしている音速は、音が一秒間にどれだけの距離を進むのかということです。
例えば3.4km離れた人と音波通信する場合、音波が受信側に届くのに10秒もかかってしまいます。しかし、このような長距離では音波通信は行わないので、実際には音波の先頭が受信機まで届く時間が問題になることはありません。

では、音速が遅い事で何が問題になるのでしょうか。一つはドップラー効果です。ドップラー効果とは、救急車のサイレンが、自分に近づいてくる時は高い音に聞こえ、遠ざかる時は低い音に聞こえるというものです。そう、中学の理科で習うアレです。

このドップラー効果は、音波だけでなく電波でも発生します。しかし、波の速度と相対的なスピードが影響するため、電波に比べてとっても遅い音波の場合は、人の日常的な動作、例えばスマホを持って歩いたり、スマホを持った腕を振ったりする程度の速度でも、より大きく影響を受けてしまいます。

ドップラー効果の対策はいろいろありますが、音波通信が利用されるシーンにあわせた対策が必要となります。ここで言う利用シーンとは、例えば、必ず立ち止まった状態で受信するのか、そうではなく歩きながら受信するケースも考慮にいれるのか。そういう前提条件により、ドップラー効果の影響が小さいと見積もるのか、大きいと見積もるのかが決まり、音波通信のカスタマイズ方法も変わってきます。

音波の特性その3 ノイズが多い。だって空中だもの。

電波に比べて音波のほうが、環境のノイズが多いという問題があります。電波の場合、色々規制があり、電波環境の管理はある程度可能です。しかし、音波の場合は騒音の規制以外は特にありません。当たり前ですが人が話したり音楽が流れたりしている同じ空間を使って通信しなければいけません。

しかも、音波通信は人が聞くことができる周波数を使って通信するため、音波通信の音量をむやみに大きくすることもできません。人も物も、いろいろな音を出すので、生活環境において音波通信の邪魔になる音を管理することは不可能と言っていいでしょう。例えば、周りにいる人に今から音波通信するから静かにしてとか、店の外で行われている工事を少しやめてほしいとかお願いすることは、実際問題として出来ません。

つまり、音波通信を考える場合、その環境で発生しうるノイズを全て考慮した上で、そのノイズがあっても音波通信が確実にできるようにカスタマイズする必要があります。それにより、音波通信を使いたい場所で使うことができるようになるのです。

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Smart Sound Lab
(スマートサウンドラボ)

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所長:安田 寛 Hiroshi Yasuda

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