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「音波通信」開発のエッセンス 〜普及までのうらばなし〜(3)音波通信の限界

SSLでは近接通信、特に音を用いた「音波通信」にまつわるトピックを中心に記事を掲載していますが、このたび、運営母体である株式会社スマート・ソリューション・テクノロジー(以下、SST)の独自技術である音波通信「TrustSound(トラストサウンド)」開発の責任者でもある首席研究員 難波より、いつもよりさらに技術面に踏み込んだ音波通信についてのお話を連載企画としてご紹介していきます! そもそも音波通信とは何なのか?電波の通信とは何が違うのか?どんな技術的課題を乗り越えてきたのか?など、開発をリードしてきた本人目線でお伝えしていければと思います。

みなさまこんにちは、スマートサウンドラボ(以下、SSL)首席研究員の難波です。前回、私は「音波通信を実際の環境で使えるものにするには、カスタマイズが必要だ」と言ったことを覚えていますか?しかし、果たして本当にそうなのでしょうか。もし、万能選手、オールラウンダーの音波通信を開発できたとしたらどうでしょう。全て解決してカスタマイズなどいらないのではないでしょうか。そこで今回は、音波通信の限界を考え、その限界を知った上で、どうしてカスタマイズが必要なのかについて解説したいと思います。

「万能な音波通信」の正体とは?

まず、「万能な通信」とは何でしょうか。

  • 通信速度が速く
  • 長距離通信が可能で
  • ノイズに強く
  • 高速移動時でも安定した通信


上記の条件を網羅すれば「万能」と言えるでしょうか。
だとしたら、通信速度はどれくらい速ければ満足でしょうか。長距離とは宇宙の果てのことでしょうか。「万能な通信」を定義するだけでも、とても難しいことだとお分かりいただけたでしょうか。
そして、実際の環境で「音波通信」を使う場合、無条件に通信速度を速くするはできませんし、無条件にノイズに強くすることはできないのです。逆に言えば、ある一定の条件を付けることにより、通信速度を速くできるし、ノイズにも強くできます。
音波通信の場合、電波と比べて色々な制約があるため、通信環境にあわせた、より慎重な条件付けとその条件に合わせた設計が求められることになります。

目標はシャノン限界

シャノン限界とは、1948年にクロード・シャノンが発表した定理から計算される、ノイズレベルにおける理論上の最大通信速度のことです。かなりザックリの説明なので細かいところは間違っているかもしれませんが、つまりは、ノイズのある環境では通信速度に理論上の限界があって、ノイズが大きければゆっくりしか通信できないし、ノイズが小さければ速く通信できるということです。そしてその最大通信速度は計算で求めることができるというものです。

皆さんは『ボイジャー1号』をご存知でしょうか。1977年に打ち上げられた無人惑星探査機なのですが、今も地球と交信しています。打ち上げからずっと地球から遠ざかり続け、今は光速で21時間以上、つまり電波でも21時間以上かかる遠い距離から通信を行なっています。これも通信速度をとても遅くすることで、想像できないような遠い距離での通信を可能にしています。

ここで、疑問を持った方もいると思います。なぜなら、シャノン限界は「ノイズレベルにおける理論上の最大通信速度」のことで、通信距離の話は出てこないからです。実はここで話題にしているノイズは、信号に対しての相対的な大きさです。そのため『ボイジャー1号』のように遠い距離と通信する場合は、地球に届く電波はとても微弱になり、相対的にノイズが大きくなるため、ゆっくりと通信する必要があるのです。

話を音波通信に戻しますが、音波通信も無線通信と同じなので、シャノン限界の話も同じです。つまり、音波通信の通信速度の目標もシャノン限界になります。しかし、音波はとても速く減衰するので、少し長い距離で通信しようとすると、受信機が受け取る音波はとても小さくなってしまい、相対的にノイズが大きくなってしまいます。しかも、人間や家電や自動車、さらに風や雨も音を出すので、通信する環境がどの程度のノイズになるのかを予測することは非常に難しいのが現実です。
このように、ノイズは通信距離や時間によっても変化するので、大きいノイズに合わせて設計すると、ノイズが小さい時でもシャノン限界から大きく乖離した遅い通信速度となり使い勝手の悪いものになってしまいます。逆に小さいノイズを想定して通信速度を設計してしまうと、ノイズが大きい場合には通信できなくなってしまいます。つまり、"あちらを立てればこちらが立たず"の状態になってしまいます。

そこでSSTでは、音波通信に含めるデータの配置とエラー訂正の方法を工夫することにより、ノイズが小さい時は通信速度が速くなり、ノイズが大きい時は通信速度を遅くして確実に通信できる通信方式を実用化しています。つまり、ノイズの大小により自動的にシャノン限界に近づくような音波通信になっています。

超音波を使わない、納得の理由

これまでの説明では、音波通信の難しい問題をすべて音波の性質のせいにしてきましたが、実はそれを利用する人間側の都合も大きく関わっています。

シャノン限界の説明で、ノイズが小さければ通信速度を速くできると説明しましたが、もう一つ通信速度を速くする要素があります。それは通信に使用する周波数帯域を広くとれば通信速度を速くできるというものです。

通信速度を上げるためには、通信に使用する周波数帯域を広くとればいい。言い換えると通信の通り道を広くしてあげればいいということなのですが、多くの場合、音波通信では人が聞こえる範囲の周波数帯域しか使っていません。
本来であれば、現在使用している周波数帯域に加えて超音波まで利用すれば、通信の通り道が広くなり、より高速な通信が可能になるのですが、ほとんどの場合はそうしていません。
ではなぜ超音波を使わないのでしょうか。

その理由の一つが、音波通信の受信機としてスマートフォンを想定しているためです。スマートフォンのマイクは基本的に聞こえる音の範囲に対して最適化されています。事実、超音波をうまく収録できない機種がほとんどです。つまり、スマートフォンを音波通信の受信機にする場合、送信側で超音波を使って通信しようとしても、スマートフォンのマイクでは受け取れず、通信が出来ないというのが周波数帯域を広く取れない理由になります。

音波通信は実験室でなく、現場で使われる

今回は、「使用できる周波数帯域は決まっていて、雑音が大きければゆっくり通信すればいい」と解説しました。これで考慮すべきことは限定されたように思えます。・・・が、実際の現場はそう簡単には許してくれません!

次回からは、現場で起きる様々な問題をどう解決してきたのかについて詳しく解説していきたいと思います。

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